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コラム

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寄稿《防災と科学・技術についての一考》 田畑和文(副理事長(オプトオール(株))

2016年6月28日

事務局

 日頃より光ファイバセンシング振興協会の活動にご理解を頂き感謝致します。今日はちょっと固い話にお付き合い下さい。
はじめに 
 2011/3/11の東日本大震災以降、直近の2016/4/14の熊本地震を経験し、「防災」に関する関心はかつてないほど高まっています。2009年NPO法人として設立した当協会の旧名は「光防災センシング振興協会」でした。ネーミングだけは先行していたのかもしれませんが、「光ファイバセンシングは、線分布・多点モニタリングシステムであり、防災分野に対してアピール性がある」との動機でした。今日は、「防災と科学技術」について考える良い機会と勝手に思い、一考を述べさせて頂きます。防災技術、科学論や技術論等の専門家の方からすると指摘したい点が多々あることと推察しますが、長年、工業技術に携わってきた者の実感的感想とご容赦下さい。
「防災」とは 
 言葉としての「防災」は、「災害を防止する」ことになります。では、次に「災害」とは一体何でしょうか? フリー百科事典によると、「災害とは、自然現象や人為的な原因によって、人命や社会生活に被害が生じる事態を指す」となっています。「被害」とは何でしょうか? 辞書によると、「損害・危害を受けること」となっています。纏めてみますと、「自己責任ではない自然現象や人為的な原因によって人命や社会生活に損害・危害が生じる事態を災害という」ことになりますね。
 「自然現象が原因の場合は天災、人為的な原因の場合は人災」と言われます。通常は、人間生活が破壊されて何らかの援助を必要とする程の規模のものを指し、それに満たない規模の人災は除かれるとなっています。天災と人災は複合的に生じることが多いですね。天災に対し、備えが不十分という人為的な原因が重なって生じる災害が多いことも事実ですが、頭を整理するために、まずは「天災」と「人災」を分けて考えてみましょう。
天災について
 自然は常に変化しています。又、人間自身も変化する「自然」です。この自然変化は予測できる場合とできない場合があります。この自然変化に伴って生じ、予測できる人的もしくは社会的変化が、人もしくは社会にとって害を及ぼすものであっても、被害とは思わず、無常として受容せざるを得ないこともあります。一人の人間の自然死も皆そういう風に受容しています。又、自分自身が原因で自分にのみ害が生じている場合も被害という概念から外れて、これまた災害ではありません。となると、予測できない自然の変化による被害こそが、正に、天災です。
 人間及び社会は、自然の変化に法則性を見つけ、予測できる力を拡大し続けています。科学・技術の当初の目的は、まさにここにあったのではないでしょうか? 自然現象との闘いが、人間及び社会の歴史の一面であったのではないでしょうか? 洪水対策としての河川の堤防はその一例です。しかし、無限である自然現象を完全に把握するには、人間及び社会の能力は歴史としての限界があります。無限である自然現象を全て把握することは、科学・技術がどんなに発達してもできません。今でも、地震そのものを取り除くことはできませんし、予測して対策を立てることもまだまだ不十分です。科学・技術の神格化による絶対安全論は戒めなければなりません。留意しなければならないのは、「人間及び社会の能力としては予測できているにも関わらず、経済性や確率論だけに頼り、自らの能力不足に気付かず、自分勝手に予測できないと思い込んでいる場合がある」ことです。これによる災害は次に述べるように、正に、人災です。
人災について
 人間の活動によって、活動する自分自身以外に人的もしくは社会的変化が生じ、結果として害を及ぼすことが人災です。戦争もその典型かもしれません。人間は完全ではありませんし、失敗をします。失敗を完全に防止することはできません。従って、人的災害を完全に防止することはできません。唯、人間は失敗から学ぶことができます。学んだことを活かすことが重要と考えられます。
 人間は社会生活を営みながら、科学・技術を利用し、力を合わせて、自然に変状を加えて人間社会に有益な物を創り出しています。昔は災害の原因だったものを、今は克服しているものもあります。雷害対策としての避雷針はその一例です。昔は神々の仕業であった雷を殆ど解明しています。ところがどっこい、自然に対する人間活動が拡大するにつれ、昔は無かった新しい事象が生じています。天然には無い有毒ガス、温暖化ガス、産業廃棄物や放射性物質など枚挙に暇がありません。核兵器も無視することはできません。昔は無かった新たな災害の原因が生じています。地球という、自然が持つ人間にとって有効な、地球の自浄能力を越えた現象が生じています。災害の原因を消しては生み出すイタチごっこです。
まとめ
 人間及び社会は、自然の変化に法則性を見つけ、予測し対策を立てる力を拡大し続けていますが、無限である自然現象を完全に把握することは不可能です。では災害は運命として諦めますか? そんな訳には行きません。人は皆、災害を受けた不本意な人生を送りたくありません。そのためにこそ、人間及び社会は科学・技術を利用して自然現象との闘いを継続し、災害を起こす原因を取り除く努力をしてきたのです。その闘いにおいては、無限の自然現象に対して、人間及び社会の能力としては歴史的な限界があり災害の原因を完全に取り除くことはできませんが、災害が起きた時の被害をできるだけ少なくするように、制御技術とは別の監視技術を積極的に導入し減災に努めることが肝要です。
 「人間及び社会」という小難しい言葉を使用していますが、予測できない自然変化によって害が発生する可能性が生じた時に、災害から避難するのはその可能性を感知した人そのものです。災害に対して、個人自ら対策を講じる自助は大切ですが、一人の人間ができることは極めて限られています。この限界を越えるためには、隣近所でお互いに助け合う共助が不可欠です。科学・技術者も自分の関わっている専門分野だけでなく、隣近所の専門分野との共同作業が求められていると思えてなりません。
 簡単に言えば、「皆で、人命を大切に、できるだけ正確な情報を集め、できる対策はしておく」ということになります。科学・技術に携わる者は、できるだけ正確な情報の提供と、できる対策を人命尊重の視点から立案する努力が必要となります。そして、科学・技術者という専門性に埋没することなく、自分も被災者になるという当事者意識が肝要と思われます。
追伸:もう一つ大事なことを忘れておりました
 このような「知識」を得て、たとえ納得して頂いても防災活動には何の役にも立ちません。災害対策準備や災害発生時には具体的な「行動」こそが必要です。災害という、未経験のまさかの時のためには、事前の訓練で疑似経験することは、失敗を学び活かす上で極めて重要です。各地の自治会等で自主防災組織が設立されています。防災訓練が行われている時には、是非とも御参加下さい。
                           ご読了有難う御座いました。

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